「時刻」ときのしるし

倉林靖 「開放系」カタログ評論文、水戸芸術館、1994年 刈谷博の個展『追悼1992』に初めて訪れたときの印象は鮮烈だった。展示会場は一階と三階に分かれていたが、まず「18面経」と題された一階に入ると、廃棄物を袋につめることによって作られた人体が何体も横たわっている。その人体は紐で梱包されており、そこにはチョークで雑然と英文が書きなぐられた黒板の断片が幾つも結び付けられている。何だか分からないが、なにか人間と社会に関わるのっぴきならないメッセージが封印されているのだ、と予感される。 「415 Palestinians」と題された三階に上がってみると、こんどは壁一面に、文字を書いた黒板がびっしり並べられている。「Killing」などといったスキャンダラスな文字が目につく。ときどき新聞記事の切れ端が貼ってあるものもある。殺人や暴動や戦争を扱ったものが多い。そこには人間の罪深い行為が文字の形をとって、作者の強烈なエネルギーによって封じ込められているように思えた。会場はこのうえなく静かだ。しかしそこには同時に無数の叫びが満ちていたのではないか。沈黙の叫び。空間に帯電された、業の深い人間の生の営み。 刈谷博は、このときの個展の副題を「報道絵画・彫刻展」と名付けている。なぜ「報道」なのか?彼は毎日読む新聞や雑誌の記事のなかから、あれらの言葉に巡り合って、書きつける。なによりもまず真実を伝えようという意図から発した言葉たち。それゆえに、彼の作品は「報道」絵画・彫刻なのだ。毎日、世界のどこかで発生している強い憤り、深い悲しみ、それらを彼はアートの形でそのまま見る者に伝えたいと欲するのであ

Sign Of The Times 1994, on Hiroshi Kariya

Hiroshi Kariya's solo exhibition, "In Memory of 1992", was simply striking. The exhibit spaces were found on the first and third floors. On the first floor was "18 Wraps". Eighteen bodies made of trash bag, transparent plastic sheet, canvas, paint cloth, and cardboard, filled with discarded object, and plaster debris with photo trash are lay there. The bodies wrapped with string and attached to them was a number of small blackboards on which English text was roughly chalked. One naturally presumes that there must be some important messages for people and society. On the third floor is "415 Palestinians". Different sizes of blackboards with text occupy every wall. There are scandalous words l

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